無題 1

 

(2018年7月)

歳月   寺松滋文

 

ゆりの木に花うすみどりルノアールにカフェラテアンデルセンにバゲット

花買ひに行かうかグランプラスまでわたしとおない年なるゴディバ

クラッカーにアボカド、スモークサーモン重ね相乗積を味はへといふ

窓々にあかり灯してNゲージの電車が走る走るひたすら

いつの夏だつたらうおしろい花の咲く道にさしかかりし午後は

図書委員にて中二階書庫に入り読みき心霊術のことなど

数行のことばに深き酩酊の記憶はるかにて もうかへらぬ

手のひらにのせて重さを感受するトミカの旧きロールスロイス

「はい車」と言ひてトミカを呉れしひとおのづと遠く歳月は経ぬ

       *

 生き残つただけでも死者を傷つける碑をまへにして額づくさへも 佐藤通雅『昔話』

生き残つただけでも死者を傷つける七十三年生き残りたる

身震ひの記憶ありわが十五歳十二月八日朝の教室

その朝も歩み来たりし橋五つ渡りて己斐(こひ)より国泰寺まで

広島をそののち離れ八月六日かの日の友の生死を知らず

わたくしの芯に錘のやうにある〈戦後〉 戦後の月ふり仰ぐ

敗戦を支へにしてとでもいふかともかくもこの姿勢を保つ

歳月はかくて過ぎるか「悲惨なのは戦争だけぢやない」と言はれつ

当事者として八月十五日知る だが三月十一日を知らない

風化してしまへばただの紙切れだが昨日今日加藤典洋ひらく

八月がまた来て夾竹桃が咲きこんなところに来てしまふとは

       *

なんぞこの空いちめんの巻積雲見るべきは見つと思へるわれに