敬称  沖ななも(2018年10月号)

 昔は(こういう時、年だなあと思う)、昔の表彰状には「殿」が使われていた。何々殿、優秀な成績をおさめたのでこれを賞します、なんて。
しかし今は「様」も使われるようだ。たしかに何となく「殿」は固い。何ごとも柔らかくしようとしている現在では固い感じがする。呼ぶときも男の子には「くん」づけが多かったが、目下のようで差別だという意見があって最近では「くん」とは呼ばないらしい。
手紙などでも、特に男性では「殿」が多かったが、今はよほどでないと「殿」はつけない。「貴兄」などと書くこともある。「貴君」もある。よほど敬意を持っているのかと思うとそれほどでもないらしい。広辞苑には「対等かまたはそれに近い相手に対して敬意をこめて」と書いてある。
「貴様」と言えばよほど尊いかと思うと逆に目下、もっと言えば「相手をののしって」いる時という。近世までは文字通り敬う言葉だったらしいのだが、正反対になってしまったから不思議だ。
一番不思議なのが「先生」。学校の教師を先生というのはわかる。医者も先生という。おそらくこれにも経緯がある。学徳の優れた人につける敬称というのだから医者などは当然といってもいい。議員も先生というが、納得のいかない御仁がいくらでもいる。「御仁」も敬語だが、必ず皮肉な意味に使われるのは「先生」だって同じ。飲み屋さんでは、「先生」か「社長さん」と呼べばいいらしい。「先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし」なんて言葉も生まれてしまう。
額面通りの敬称ももちろんあるが、言葉は不思議、皮肉な意味が、贅肉みたいにこびりついている。