泥梨  沖ななも(2018年11月号)

 

 「深き谷の泥梨に虹の立つといふ出現を待つしばらくの間」という歌に出会った。先日亡くなった北沢郁子の作品である。

北沢さんは難しい言葉を使うことがある。わたしは学が無いもんだから「泥梨」を知らなかった。「どろなし」って何だろうと辞書を引いたが出ていない。ネットで調べてわかった。「ナイリ」と読むらしい。仏教用語で地獄とか奈落とかいう意味だという。梵語の発音から来ているらしいから「ナイリ」は何となくわかるとしてそれをどうして「泥梨」と書くのか。

そういえば「三和土」も分からない。辞書でひくと「たたき」は「敲き土」の略なんだというが、それならば「敲き」とかけばよさそうなもので「三和土」となぜ書くのか。どうやら三和土を作る時の材料が三種類あるからだとどこかに書いてあったが、それでも「敲き」でいいじゃないかと。

もう一つあった。「平城山」。「ならやま」と読む。「へいじょうざん」ではない。これも「奈良山」と書いたってちっとも構わないとおもうけれど、ややこしく書いている。「なら」という音も、朝鮮語の、都という意味から来ているらしい。だったら山の名前も「奈良山」でいいじゃないか。

このように日本語は難しい。読めなくても字をみれば何となくわかるのが、表意文字の便利なところだが、ここまでかけ離れてしまうと、もう手が届かない。

なぜ「地獄」「奈落」が「泥梨」なのか。この文を書いているとだんだん興奮してくる。漢字が読めない自分にいらいらするし、使い始めた人についても腹が立つ。

読めない。意味が分からない。


------------------------------------------------------------

「か」と「げ」  沖ななも(2018年12月号)

 

先月に続いてややこしい言葉。

しばしば神社などで見かける「下賜」という文字。天皇や身分の高い人から賜ること。「かし」と読む。貴重な品をご下賜いただく、なんていうときに使う。これも神社や寺に掲げてある「下馬」これは「げば」。失礼がないように、ここで馬から降りよという場所に掲げてある。
 
「下」という字は「か」とも「げ」とも読む。つまりは中国の漢の時代に入ってきた言葉はカと読み、呉の時代に入ってきた言葉はゲと読むとのことだ。このあたりが日本語を勉強する外国人にとっては難しいらしい。いや日本人にだってけっして易しくはない。
 ちなみに宇佐八幡神宮には呉橋というのがある。呉の国の人が架けたとも言われていると解説に載っていた。日本にも呉(くれ)という地名があってややこしい。地名の呉の由来は様々あるらしいが、渡来人を呉人と呼んだことも一つらしいが船材の榑(くれ)が産出したからともいうとネットにはでていた。中国の呉の国とは直接関係ないらしい。宇佐八幡の呉橋は、呉の人が架けたといっても「ごはし」とは読まない。「くれはし」。ああ、ややこしい。
 辞書を見ていたら、カ・ゲのほかに唐の時代か「ア」というのもあったが、どう使われているのかは分からなかった。

 さらに訓読みでも難しい。「した」「もと」「さげる・さがる」「くだる」「おりる・おろす」、さらには「へた」なんていうのも。もっとも「下手」と書くからと言って「へ」と読むわけではないだろう。言ってみれば当て字に近いか。言葉の研究をしているわけでもないのに「へた」なことは言えない。