創刊によせて  沖ななも

 私たちはなぜ歌をつくるのだろうか。人は、だれでも自己実現のために生きているといってもいい。そのために私たちは、歌という手段を選んだ。作歌という行為を通して自己を見つめ、よりよく生きるために歌を選んだ。

 私たちは、いまを生きている。二十一世紀というあたらしい世紀に入って早くも四年目に入った。世界では不穏な出来事が多発している。否応もなく日本もそれに巻き込まれ、そしてわたしたち個人のレベルでも、けして他人事ではない切実な問題になっている。

 そうした時代に私たちに何が出来るのか。大上段に構えるわけではない。人としてどう生きるか、人間とはなにかという根本的なことを考えながら歌い続けたい。

 ここに同志が集い、新しい集団を作った。ひとりひとりの力は大きくはないかもしれないが、互いに競いあい、励ましあい、磨きあげつつ、互いに高めあっていきたい。

 「熾」とは盛んに起こる火のことである。広辞苑には「燠」と並んで載っている。「燠」は、今の若い人たちにはわからないものだろう。むかし火鉢を使っていたころ、灰のなかに残って翌日の種火になったあの火である。私たちの心の中には、いつでも燠のような詩心が埋もれているはずだと思う。誰の心にも詩がある。それを大事に守りながら、いつか盛んに燃える火に育てたい。

詩の心は、自動点火はかなわない。スイッチ一つで火がつくこともない。素朴な地味なそして真摯な行為で、じっくりと自分の心に火をつけなければならない。自然に起き上がってくる、火を欲する心を大切なものだと思う。

 作歌をするということは、ホームランを一本打てばいいということではない。さまざまな人生の中で、確かな着実な足跡を残していきたいと考えて、ここに「熾」を創刊するものである。



TOPへ